人妻たちの饗宴 The Old Crow Bar (6)
無料連載の官能小説です。郊外のバーを舞台に、マスター裕次と、さまざまな人妻たちの関係を描きます。
次回は11/30に公開します。
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『人妻たちの饗宴―The Old Crow Bar』 (6) 沢見独去
2 由里 (承前)
食事を終えた彼は二人に見送られながら店を出て、車で大型のスーパーに向かった。店の買い出しだ。店内でいろいろと足りなくなってきたものを、思い出しながら商品を物色していると、見知った顔が前を通りかかった。
あの栗色のショートカットの若い人妻だ。カートに大量の食品を入れて押している。
いつも店で見かける時よりは軽装だ。首がU字に大きく開いたオフホワイトのTシャツに明るいグレーのパーカーを羽織っている。下はパーカーと同じような生地の黒の膝上まであるタイトスカート。足元はかかとの低いサンダル。
軽く会釈した裕次に、最初はけげんそうな顔を向けたが、やがて思い出したようだ。
「あっ。マスター」
「こんにちは。いつもありがとうございます」
「こんなところで会うなんて……奇遇ですね」
「いつもここへ店の買い出しに来ますよ」
「そうなんだ。わたしもいつもここだけど、初めて会いましたね」
彼女は小柄な体を延ばすようにして、裕次を見上げた。
その童顔の大きな目に、裕次はにこやかに笑いかける。
「またぜひ、いらしてください。お待ちしていますよ」
頭を下げて立ち去ろうとする裕次に、彼女が声をかけた。
「あっ、あの、マスター……い、今お時間ありますかっ?」
「え……店を開ける準備をしなくちゃいけないので、六時には店に入らないといけませんけど、それまでは暇ですよ」
「あ、あの……それなら、少し話を聞いてもらえませんか?」
「かまいませんよ。どうしましょう? お茶でも飲みますか?」
「えーと、どう……しましょう? そこまでは考えてませんでした……」
照れたように笑う。
人目を気にしているようだったので、それなら車で走りましょうと提案してみると、わずかに躊躇してから彼女は頷いた。
裕次のフィアットは軽自動車ほどしかない小さな車だ。お互いの買った品をバックドアから入れて、二人は車に乗りこんだ。
「マスターの車、かわいいですね。どこの車?」
「イタリアです」
「へーっ。こんなのあったんだ」
そんな会話をしながら、車を出して、国道を流す。
裕次は、助手席に座る彼女に問いかける。
「そういえば、お名前を聞いてませんでした」
「あ、そうですね。由里っていいます。理由の由にさとで由里」
「おれは裕次っていいます。まあ誰も名前で呼んでくれないけど」
彼は苦笑する。
「マスターって、裕次さんっていうんだ」
「……由里さんも、マスターでいいですよ……それで、お話ってなんですか」
早速そう切り出した裕次に、彼女は少し顔を赤らめてもじもじしている。
「……それが、なんというか」
裕次は彼女を安心させるように微笑む。
「いや、別に無理に話さなくてもぜんぜんいいですよ。おれはこんなかわいい女の子とドライブできてラッキーだし」
そう言うと、由里はますます顔を赤らめてうつむく。
「いい天気だし、河川敷にでも行きましょうか」
裕次は車を右折させる。
少し奥には大きな川が、国道に沿うように流れている。河原も広く、公園になっている。裕次は天気のいい日などは、そこでひとり座って川の流れを見つめていることがあった。
駐車場には、車は一台も停まっていなかった。
車を降りた二人は、遊歩道を川の流れが見える場所まで歩いていくと、そこのベンチに並んで腰かけた。
「ああ、気持ちいい! こんなところがあったんですね」
平日の午後、まわりに人はまったくいない。向こう岸の土手の上に、いくつかのマンションが飛び出ているほかは、青い空と白い雲しか見えない。
途中の自動販売機で買っておいた缶コーヒーを二人で飲む。
裕次は横目で由里を見た。
にこにこ笑いながら、気持ちよさそうにコーヒーを飲んでいる。その顔だけを見ていると十代にも思えるほど幼い。しかし小柄で童顔だが、胸のふくらみは大きい。腰はしっかりくびれていて、臀部の曲線は女らしく丸い。スカートから伸びた素足が健康的だ。全体的には若いがやはり人妻の色気が、そこからしみ出しているように感じる。缶コーヒーを握りしめた細い指に、結婚指輪が光っている。
その視線を感じて由里が裕次のほうを向き、また照れたように笑ってうつむいた。
「……ごめんね、マスター。こんなことにつきあわせちゃって」
裕次は視線を川の流れへと戻し、缶コーヒーをひとくち飲んだ。
由里がその沈黙に促されるように、続きを口にした。
「なんかわたし、このあいだマスターに話を聞いてもらって、心がちょっと軽くなったっていうか……楽になったんです。だからまたお話したいなって。お店ではなかなか二人っきりにはなれないし」
女性からこの言葉を言われることが裕次にはよくあった。彼にとっては、別に偉そうなアドバイスをするわけでも、説教をするわけでもなく、ただ黙って相手の話を聞いているだけなのだが。
「なんでも話してください」
「ありがとうございます。そ、その……わたし二十三歳で去年結婚したんですけど……」
結婚した途端に、同い年のダンナは、あまり相手をしてくれなくなったと、由里は語った。彼とは職場結婚だった。しかも彼の希望で、勤めていた会社をやめて専業主婦になって、知らない土地へ出てきた由里は、ここにあまり友人もいない。いつもバーに来る友人は、無理を言って地元から会いにきてもらっている高校時代の友人だった。
二人の子供を作ろうかと思うが、それもまだ早いと夫に言われていた。相手はしてくれないくせに、二人っきりの新婚生活はもう少し続けたいらしい。
由里はそんなことを、つかえながらしゃべった。ほとんどが彼女が店で呑んでいる時に聞いた話と同じだったが、裕次は黙ってその話を聞いていた。
「わたし、結婚してよかったのかどうかも、わからなくなったんです。毎日毎日、家でぼんやりして、ご飯を作って、主人の遅い帰りを待って……」
彼女にもそれを裕次に話したってなにも解決しないことくらいわかっている。愚痴に過ぎないことも。
「……ごめんなさい。こんな愚痴聞いてもらって」
「おれでよかったら、いつでも話を聞くさ」
彼女の幼い見た目に、思わずその栗色のショートカットに手のひらを乗せて、ぽんぽんと叩いてしまう。
彼女は照れくさそうに首をすくめる。
「あ、ごめん。でもさ、今日はこんなに天気がいいんだ。そんな日は、太陽を浴びて、何も考えずにぼんやりしてたらいいよ。それだけで、おれなんかは、幸せだけどね……」
由里は温かい日差しを受けながら、空を見上げ、微笑んだ。
「……あとはさ、日が暮れたら、できるだけうちの店に来て、おいしい酒をたくさん呑んでくれたら、おれとしてもうれしいです」
彼女はその言葉にくすりと笑う。
「やっぱりマスターは不思議です。心が軽くなりました」
「なにもしてないけど、由里さんが楽になったなら、よかったですよ」
空を見たままで、しばらく黙っていた彼女が、意を決したようにこう言った。
「あのっ……以前、酔っぱらってよろけた時、マスターうしろから抱きしめてくれましたよね。あの時はあせっちゃって、逃げるように帰っちゃいましたけど、わたしにおんなを感じてくれてた?」
「……由里さんを魅力的じゃないと思う男なんていませんよ」
「わたし嬉しかったんです。ほんと灰色のような生活が続く中で、あのことが……。変な言い方だけど、わたしもまだまだ、大丈夫なんだなって」
由里は照れくさそうに笑うと、わずかに頬を桃色に染めて、裕次をまっすぐに見た。
「あの続き……してくれませんか」
彼女の童顔の大きな瞳が潤んでいる。
「……いいの?」
「マスターがよかったら」
木のベンチの上で裕次は姿勢を変え、彼女のほうに半身を向けた。右手を由里の栗色の髪にもぐらせ、耳のうしろに手をあてた。
「あっ」
ゆっくりと顔を近づけていく。
由里の何もつけていないが、つややかな唇に、そっとみずからの唇を重ねる。
彼女自身の雰囲気同様、そこはふんわりとやわらかかった。
ついばむように唇を動かすと、彼女もそれに応える。
二人の鼻があたり、裕次は顔を傾ける。
手を背中にまわして、強く引き寄せると、彼女の上半身がベンチの上で、彼の胸にしなだれかかるような格好になり、二つのやわらかな胸のふくらみが感じられる。女性特有の甘い香りが、彼女の体から匂い立つ。
そのまま体を密着させてキスを続ける。
彼女の唇のあいだから、舌が少しだけ出てきて、裕次の唇をひかえめに舐めた。その小さな舌の先に、彼からも舌を絡ませていく。
ぺちゃぺちゃと音がする。
固く目を閉じた彼女の息が荒くなり、鼻を鳴らすように「んっ、んっ」とあえぎ声が漏れる。
裕次は舌を思いっきり彼女の口腔に突き入れ、そこを舐めまわす。彼女の舌がそれについてきて、絡みつく。唾液をわざと彼女の口に流しこんでやると、喉を鳴らしてそれを飲みこんだ。
長く長く激しい口づけを交わして、ようやく二人の唇が離れた。
二人とも息がもう激しくなっている。
由里が顔を朱に染めて、下を向く。
その顎を持って顔を引き上げながら、裕次は笑う。
「キスだけで感じたんだね。おれも気持ちよかった。続きしても、かまわない?」
彼女の目は興奮で濡れたようになっている。
「……はい」
(つづく)
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